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最高裁判所第一小法廷 昭和44年(あ)1364号 決定

本籍

岐阜県瑞浪市土岐町六番地の二

住居

名古屋市中区南辰巳町七九番地

会社役員

加藤忠之

明治四〇年五月九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四四年五月二二日名古屋高等裁判所の言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人野村均一、同大和田安春、同永田水甫の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決は所論の点につきなんら法律判断を示していないから、所論はその前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三)

○昭和四四年(あ)第一三六四号

被告人 加藤忠之

弁護人野村均一、同大和田安春、同永田水甫の上告趣意(昭和四四年七月三〇日付)

第一点 原判決は判決に影響を及ぼすべき法令の違反がある。

1 原判決は本件の事実関係につき、弁護人等の主張した、被告人の昭和三八年および同三九年両年度の各総所得の利息収入は雑所得でなく、事業所得であるとの主張につき、これを全面的に否定して、これを雑所得であると認定しているのであつて、其の理由とするところは、「金員の貸付によつて生ずる所得が、所得税法上の事業所得としての金融業に該当するか否かの判定には、税制、特に所得税法の精神に則り、そこにいわゆる事業所得性ないし事業性を理解することを要すると共に、事業としての金融業の概念につき、一般に行われているところを念頭において、社会通念に照らし、これを客観的に把握する必要がある。

そのためには、右の観点から、貸付の動機、目的、貸付の相手方との関係、貸付相手方の数、貸付頻度、貸付金額、担保権設定の有無、貸付資本の性質及びその調達方法、利率、これによる利得が総所得に占める割合、貸付のための人的、物的設備の業態規模等の諸点より、できる限り多面的に総合し、事態に即してこれを把握し判定することを要するものといわなければならない」、と、

基本態度を説示している。

2 一方弁護人の主張した本件利息収入が国税庁長官基本通達九三項の金融業の条件に該当するとの主張に対しては「通達本来の趣旨に照らしてもそれが税法の解釈の統一をはかると共に、徴税事務執行の適正と円滑化をはかるため、一面いわば内部的処理基準としての機能をもつ意味において、下部機関に対し税法実務の解釈上の一指針とはなり得ても、右通達をもつて事業所得にいわゆる事業としての金融業の構成要件的に定義づけるものとは到底解し得ない」との態度をとつているのである。

3 ところで所得税法に限らず、租税法に関し種々基本通達、個別通達の存することは税務実務上より極めて顕著な事実であつて、租税法の複雑多岐に亘る結果、これが具体的適用に当り、担当係官の恣意に委ねられる結果を避け、もつて、行政の統一を図ることを目的として、上級行政庁から下級行政庁に対して発するものであり、現実には下級行政庁を拘束するだけではなく、納税者に対してもこれを基準として、課税が行われなければならないものであり、この観点よりするときは、右通達は、実質上は法令と同一の効力を有しているものと云わなければならず、課税に当りては、法及び右通達の予想を超えた、実質的課税対象の創設は勿論のこと、課税対象の拡張も許されないことである。

4 而して、弁護人に於て第一審以来強く主張して来た通り事業所得に云う金融業とは如何なるものを指摘するかについては、国税庁長官の基本通達第九三項に明示されているのであつて、

右通達によれば

「金融等に該当するかどうかは、その口数、貸付金額、利率、その者の総所得の総所得金額のうち、金銭の貸付による所得の金額の占める割合、その他諸般の状況を勘案のうえ、これを判定すべきであるが、次のような場合においては、次によるものとする、

(一) 親せき、友人等特殊の関係のある者のみに貸付けている場合は、金融業に該当しないものとする、但しその金額が多額(おゝむね五〇万以上)に上る場合にはこの限りでない。

(二) 転貸の目的で他人から借入れた資金を貸付けている場合は金融業に該当するものとする」

と明示されているのであつて、右通達に基けば、被告人の得たる本件利子所得は明かに金融業に当る利子所得であると云わなければならない。

この点は既に原審に於ける控訴理由書に於て、弁護人の主張したところであるが、前記基本通達の存在及其の位置づけを検討したところ、右通達そのものは行政庁を拘束する力を有し、又右公表された内容に基き、国民としての期待を持つことが出来るものであつて、此の点通達そのものは法令と同一の効力を有すると見なければならないのであつて、此の点明かに通達の趣旨に反する認定をなしている、原判決は法令に明かに違反するものと云わなければならない。

又右法令の違反は判決に影響を及ぼすものであることも明かであるので原判決は破棄されなければならない。

第二点 原判決は判決に彰響を及ぼすべき重大なる事実誤認があり、許されない。

1 前述の如く被告人の本件利子所得は雑所得でなく事業所得と見なければならないことは、国税庁長官基本通達第九三項の存在よりして明かであつて、本件は総て事業所得と見なければならないものであるところ、原判決は、かかる主張及び右基本通達の存在を無視して本件所得を雑所得と事実認定をしているのであつて、これ判決に影響を及ぼすべき重大なる事実誤認があると云わなければならない。

2 前記基本通達第九三項に明示あるごとく、「その金額が多額(おゝむね五〇万以上)に上る場合はこの限りではない」との明文を素直に解釈しなければならないところ、原判決は「通達本来の趣旨にてらしても、それが税法の解釈の統一をはかると共に、徴税事業執行の適正と円滑化をはかるため、一面、いわば内部的処理基準としての機能をもつ意味において、下級機関に対し、税法実務の解釈上の一指針とはなり得ても、右通達をもつて、事業所得にいわゆる事業としての金融等を構成要件的に定義づけるものとは到底解し得ない」としているものであるが、かかる見解は右明文自体よりして許されないところである。

3 国税庁長官基本通達第九三項の存在意義及び右通達内容より本件所得を見れば、被告人の昭和三九年度貸付残高は三五〇〇万円の

多額であり、口数一二口、利率も高額であつて、その利子所得も昭和三八年度金一七、四三二、九四二円、昭和三九年度金八、一七七、四二〇円と高額になるものであつて、被告人の其の余の所得に比し、これが占める割合は比較にならぬ程多額に及ぶものであつて、かかる事実と前記基本通達とを比較検討するときは直ちに事業所得と認定さるべきものである。

然るところ原判決は前述の通り国税庁長官の基本通達第九三項を単に一応の判断資料を例示したに過ぎないと右基本通達の趣旨を曲解し敢て右通達の意味に合致する本件被告人の所得を雑所得と認定しているのであつて、此の点につき重大なる事実誤認あり、右事実誤認は判決に影響を及ぼすことも明かであるので、当然に破棄されなければならない。

4 原判決の事実認定につき、原審弁論再開理由補充書にて弁護人の主張した、本件事実関係につき、債務不存在確認訴訟係属の事実主張に対して、何等触れることないが、名古屋地方裁判所に於て本件利息取得に関する昭和四三年(ワ)第三三四八号債務不存在確認請求事件の係属に於ては当然に右事実関係を審求しなければならないものであるが、この点明かに事実誤認である。

5 即ち右債務不存在確認請求事件は昭和四三年一〇月三〇日原告が中部観光株式会社及び山田泰吉より、本件被告人を被告として提起されるに至り其の理由とするところは本件金員貸借に於ける利息利率は法定利息を超過するものであつて、利息制限法の趣旨により法定利息超過部分は、全部元本に充当されるに至つたものであつて、現在に於いては元本債権全部も既に完済により消滅しているのであつて元来債権は不存在なる旨の確認を求めるものである。とするものである。

6 ところで、所謂高利金融の場合に、債務者が利息制限法規定の制限をこえる金銭消費貸借上の利息又は損害金を任意に支払つた場合に残存元本があるときは、民法第四九一条により当然に右元本に充当されるものであるとは、貴裁判所、昭和三九年一一月一八日の大法廷判決により明なところであり、更には又昭和四三年一一月一三日の大法廷判決により制限超過部分は、元本充当後に於ける支払部分は債務が存在しないのにその弁済として支払われたものに外ならないのでこの場合は利息制限法の法条の適用はなく、民法の規定するところにより不当利得として

返還を請求できるものであつて、前記、債務不存在確認請求事件は、まさに右二判例の趣旨により提起されるに至つたものである。

7 然りとせば本件公訴事実である昭和三八年三九年度の被告人が中部観光より受領した金員は右両年度に限定してこれを検討したとしても、法定利息超過部分は当然に元本充当となること明かであつて、原判決認定の如く、其の受取利息其のもの全部が利子所得となるものでなく、法定利息内に於てのみ利息収入であり、その範囲を超過したものは、元本充当分と解しなければならないものであることは極めて明かな事実である。

8 本件第一審判決は昭和四三年七月二〇日に云渡され、原審に於ける、控訴趣意書は、昭和四三年一〇月四日に提出され、右債務不存在確認請求事件は右趣意書提出後である昭和四三年一〇月三〇日に名古屋地方裁判所に提記された経緯もあつて、原審に於ては、態々弁論再開をなし、この点の理由補充書の提出されている有様であつて、かかる事実関係につき重大な変更ないし影響のある事実発生に於ては係属裁判所は充分に其の理由とするところを審理なすべきであり、この点に関する証拠調までなしたる原審は、原判決に於て一顧だもせず、第一審判決を全面的に正当として認容しているのであつて、かかる態度は全く理解に苦しむところである。

9 前債務不存在確認請求事件に於ける主張事由は貴裁判所の前記大法廷判決の趣旨に基くものであつて、被告人の受領した利息は法定利息を超過するものであるところから、法定の制限超過部分は残存元本に充当されるのであつて、其の結果、少くとも次の計算となることも、明かである。

昭和38年度

かくれた利子所得 17,432,942円

これが元本 35,000,000円

元本に対する法定利息 35,000,000円×1.5割=5,250,000円

法定利息を超ゆる部 17,432,942円-5,250,000円=12,182,942円

元本充当関係 75,000,000円-12,182,942円=22,817,058円

残存元本金 22,817,058円

昭和39年度

かくれた利子所得 8,177,424円

これが元本 22,817,058円

元本に対する法定利息 22,817,058円×7.5分=1,711,279円

法定利息を超過分 8,177,424円-1,711,279円=6,466,145円

利子所得合計 5,250,000円+1,711,279円=6,961,279円

即ち昭和三八、三九年度の被告人の利子所得は金六、九六一、二七九円

となるに過ぎないのであつて結局此の限度に於てのみ利息所得があつたに過ぎないと見なければならないのであるが、原判決はこの点を全く無視して第一審判決を是認しているのであつて、此の点事実誤認も甚だしく、右誤認の判決に影響を及ぼすことも又明白なことであるので、

この点よりする原判決は破棄されなければならない。

第三点 原判決は貴庁の判例と相反する判断をした違法がある。

1 既に前項にて説示した通り高利金融の場合に、債務者が利息制限法所定の制限を超える金銭消費貸借上の利息又は損害金の支払金の支払を任意になした場合、残存元本があるときは、民法第四九一条の規定により当然に右元本に充当されることは貴庁昭和三九年一一月一八日大法廷判決により明かであり、又而して元本充当後の支払分は不当利得として返還請求出来ることも貴庁昭和四三年一一月一三日大法廷判決により明かである。

2 而して前述の通り被告人を被告として、原告中部観光株式会社、同山田泰吉より、債務不存在確認請求事件が提起されるに至つたものであるから、少くとも昭和三八年、三九年度の受領した本件利子所得につき元本充当関係が生ずるものであつて、此の点を全く無視して、被告人の受領した金員全部を利子所得と前述の如く認定している原判決は明かに右大法廷判決に違反するものであつて、かかる重大なる違反は許されざるところであつて此の点からするも破棄されなければならない。

第四点 原判決の刑の量定は著しく不当であり原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものである。

1 原判決は被告人に対する懲役一〇月執行猶予三年罰金六〇〇万円の第一審判決の刑の量定を相当としてこれを是認しているのであるが、右量刑の不当であることは、既に本件控訴理由書記載にて詳述したので其の理由を其の儘引用するものであるが、更に次の理由を附加するものある。

2 原判決は其の理由として、「中部観光株式会社の倒産により貸付元本の七割までが回収不能の虞れがあること」をも斟酌したとするのであるが、事実主張を無視した見解である。

即ち、被告人の本件貸付金債権については前述の通り債務不存在確認請求事件が中部観光株式会社より提起せられ、名古屋地方裁判所に係属審理中である事由は、態々原審弁論再開事由にて補充し、且これが証拠調までなされているものであつて、其の結果利息制限法の解釈法理からして明かに元本債権の不存在が察知せられるものであること、極めて明かであるにかゝわらず、かかる主張証拠を全く無視して、あくまでも中部観光株式会社倒産整理案である七割棚上げの案を其の儘認定しているのであつて、かかる、原判決の態度こそ、無暴であると云わなければならない。

右の経緯よりするときは被告人の本件貸付元本は全部弁済消滅し不存在となつた現在に於て、かかる重大なる事実関係は刑の量定上当然斟酌されなければならないのである。

2 被告人は脱税金額全部納付ずみであるが、右納付金額は本件認定にかかる逋脱税額合計一三六二万余円に留まらず、更には更正利子税、市県民税も含まるものであつて、其納付額は計金二四〇〇万円を超ゆる多額の金額となるものであつて、脱税上の秘匿利得は、最高の義務履行をしこれが制裁を受けているものであつて、脱税による被告の不正利得は全部剥奪されていることは勿論、税法上経済的制裁を最大に受けているものである。

3 以上の事由に加わうるに、本件犯行の動機、態様、被告人の生活環境、経歴、経済条件等諸般の情状を、綜合するときは、原判決の量刑は著しく、社会正義に反するものであつて、是非共破棄されなければならないと確信する次第である。

以上

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